詩『美術館の冷たい床』

蜜よ 
それは知らない反射を言葉にして目の奥を侵す過去の忘れられたかたち
 
腕を失ったビーナスの 
静かな佇まいを横に盗み見るようにして 
僕は美術館の冷たい床に座る 
 
軌道の無い音楽を聴く 
風が甘く背中を撫でる 
異星の手触りがして
どこかが懐かしさと共に麻痺する
 
窓が揺れ世界が揺れ 
頭の隅っこで何かがこぼれた 
ああ、ずっとこぼれていたものが 
こぼれ終わったんだ、と
 
姿を持たないもうひとりの僕たちが慌てている 
走り去る透明の犬さん 
無計画に増えた孤独に埋もれ
 
この冷たさのなかで永久に閉じ込められる未来を恐れ 
記憶の雪、
有限すぎる大地を覆う
 
何百年もかけて世界の底を忘れ 
宇宙に近い場所で睡るようになった
空気のような安寧!
 
人びとが本当のことを思い出さないようにしないと、と
人工のママたちはゆるやかに声をプレゼントしてくれた
 
僕ら 
あやされた体には 
どんな傷跡も残らない 
つくりたてのキャンバスのように自由で 
広くて複雑で耐えがたく 
 
どっかに棄ててきたら?どうなんだろう 
 
「ねえ、この彫像のどこが終わりを表すの」
僕たちは世界を粉々にした