運転手、話しかける

車を運転するあなたがわたしに話しかける、あなたが報杖をひとふりするとテキストデータがわたしのなかのぼくに送信され、ぼくは受信する、ひと月ほどの時間をかけてぼくはそれを解読し、やがてわたしはあなたへの返信を考え始める、光の骨から成るメーラーであるぼくにわたしはそっと語る、あなたへの返信が完成することを夢見ながら、返信は、完成しないかもしれない、完成しなかった返信はメーラーにたまり続け、減ることは許可されていない、前世紀には可能だったデータの削除は今では理論的に不可能となった、一度生み出されたデータは受信と完全に同時に宇宙の両端へと保存され、削除するためには千億の時間を端へゆくための宇宙旅行に費やす必要がある、永遠に追記することしかできない手紙を、人間全員で作り上げること、それこそが人類が最後にたどりついた仕事だった、わたしはぼく(メーラー)に語り続ける、あなたへの返信が完成することを夢見て、車に乗ったあなたは今どこにいるだろうか、今にも地上の裏側に到達する頃だろうか、わたしは報杖をひとふりし、書きかけの返信を削除する命令をぼくに下し、ぼくは宇宙のはてにいながらにして、テキストデータを所定の場所に移動する処理を終わらせた。