幼馴染(ピアノ)

昨日部屋のものを全部捨ててしまって、分割払いで衝動的に買ったピカピカのグランドピアノしか部屋に残ってない。壁は特に防音とかではないので、一音をゆっくり弾くくらいのことしか、残念ながらできない。透明な誰かの力で、僕は震える人差し指をピアノ線に押し当てた。ピアノの筐体の木の香りに混じって、かすかに血のにおいが混じっている。怪我したのは僕ではない。僕は怪我をしない。ピアノは夜と不眠の合成として、僕の指先に収納された。ぱたん、と音がして、ピアノの蓋が閉まる。もうすこし静かに、と誰かに言われるかと思った。僕は毎月、これのために生活費の半分を失う。死へと向かう安らぎに、金を払うのだ。とてもいい金の使い方だ。よくやった、と友達は僕を褒めた。僕は友達が僕にそう思っていたように、僕が苦しむのを喜んだ。明日、ピアノ破壊集団がピアノ破壊犬を連れて、轟音をたてて、この街に来る。僕は1ヶ月前から彼らに予約を入れていた。入念な計画があったのだ。僕は計画的に、ピアノを失うことに成功した。やった、成功だ。冬が来た。誕生日プレゼントを買う金はもはや残っていない。親戚の不良のお兄さんが来て、ひとしきりモーツァルトの人生を語って帰った。プレゼントのつもりだったのだろうか。お兄さんは翌日近所の川で死体となって見つかった。ピアノ破壊犬にかじられたらしい。お兄さんは名誉なことに、ピアノとして認められたのだ。僕はいいな、と思った。お兄さんが部屋に忘れていった血まみれの楽譜を譜面台に置いて、僕はそれを試しに弾いてみることにした。隣の人が部屋に土足で入ってきて、にやりと嗤う。僕はピアノ破壊集団の団員だったことがあるんだ。君の、こんなピアノくらい明日にでも壊せるんだぜ。僕は笑った。お兄さんの作った曲は隣の人の言葉の、一音一音をなぞっていたのだ。それは予言の楽譜だった。だからどうした。くだらない、こんなことのためにお兄さんはピアノになって死んだのか。嬉しくて涙が出る。翌日、僕のピアノは死体となって見つかった。背骨の折れた幼馴染だった。僕はなんとなく、ずっと前からそのことを知っていた気がした。