20240122

全て終わった後の僕が登場し、3つの電子心臓歌をご提供いたします。ちょっとローファイですよって、お足元にご注意のうえ、皆様くれぐれもお聴き逃しなきよう。パラパラと聞こえてくるのはエイの足音、もしくは真っ黒い花を生けた花瓶が、ぼんやりと水と戯れる昼下がり。T字の僕はすっかり腐った右腕を、自分が産んだ幼子のように警戒中の巨人から隠している。クオンタイズの操り師は電話番号を忘れて、5桁目までを何度も何度も繰り返しその先がなんだったのか思い出そうとしている。ピッポ、ポ、聞こえたのはカバのあくびの録音でした。なーんだ。驚きましたか?

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20240118

へいそこの坊や。君はそう、まさに坊やという見た目をしているね。矮小な人よ。僕の音楽を聴くがいい。まるでジャングルからお届けしているような心の小鳥をツギハギして作った水が鉄の階段を叩く音さ。おやおや耳が痛いかい。それはね君が象屋だからさ。象屋?そう、象を売っているからさ。soundcloud.com

なるほどね。で、これは何のループを使っているんですか。これはMy Song 301をサンプリングして作ったんだよ。似ても似つかないでしょう。録音音質が最悪と思ったあなた。耳がよろしいどすなあ。こちらはKorgのPrologueで遊んだものを録音してGaragebandのリバーブエフェクトをピーヒャラ効かせたものになります。これの再生バーをパチャパチャやっているとなんかそういうサンプリングがしてみたくなって作ったのがMy Song 302というわけです。わかりましたか。僕の心の動きが。間違えた、象の動きが。

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で、すったもんだしてたらなんか頭がおかしくなりそうだったんで秩序そのものみたいな曲を作りました。それがこちらMy Song 303です。かすれたホッホ~みたいな音がお気に入りです。象のように落ち着くなあ。

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20240117

何も起きない真空的な空間がそのまま物語になったようなものを見てみたい。飾るもののない空のガラスケースをいつまででも見ていられるようなものだ。そこにへばりついて熱心に何かを見てとって楽しんでいるひとりの人間がいる。それは誰でもいい。とにかくちょっと血走っためをしていて、呼吸が浅く、口からはひとりでにおおお~といった感嘆の声が漏れ出ている。手足なんかはもうだらーんとしてしまっていて、首が浮いているのに胴体が流れてついていっているような感じだ。ちょっと危険な感じがする。近寄りがたい。さてではガラスケースの中には何があるのか。本当に何もない!磁性流体がふよふよと何かに反応して動いているか、それとも火のようにランダムなものがちらついているか、そういうのが虚無だって人もあるでしょうが、本当に一切のものがそこには無いわけです。何か想像力のきっかけになるようなちょっとしたこともない。それは家主のいない家であり、雲ひとつない青空であり、客のいない廃墟のモールだ。あるいはそれらよりもっとひどい。ノスタルジーですらない。チルでもない。ナッシングだ。真空であり、何万光年も何もない空間の続く暗黒のスペース。なんと、ここではそれが物語の形を成している。不思議ですね。でも、実際にそうなっている。見たらすぐに分かる。あ、これは確かに何もない、と。手に持った瞬間分かる。あるいは本の真ん中を適当に開いたときに。あ、とあなたは思うはず。これが本当になんにもないってことなんだと。

20240116

人のことは嫌いではないんだけど、人と関わってうまくいった試しがないというか、人と関わるたびに毎回ちょっとずつ失敗していて、たまに大きい失敗もして、つまりだいたい人と関わると自分が失敗しているということなんだけども、失敗すると分かっていることには人間なかなか手が出なくなるものでして、例えば何度やってもうまくいかないスポーツとかゲームとかがあったら、なんとなくそこから身を引く、避ける、やめちまう、というのが人の性だと思いますが、まさしくこの私にとっては他人という存在がそれなのであります、他人というのものが常に失敗とともにあり、失敗の記憶として蘇り、失敗することが分かっている道、階段、町、場所、空気、そういった存在なのです、人のことで困っている人は私がこのように人を避けて通って生きていることになんと贅沢なことかとお思いでしょうが、そんなのもまあ人それぞれの事情というわけでして、私は何も喜んで人を避けているわけではないんですが、事情ある人にとってはそれはもちろんけしからんということになるでしょうな、それは人と関わって楽しい人もそう言うだろうし、反対に、人と関わってつらいという人ももちろんそう言うでしょう、まさに人の事情というものですわ、ああしかし、人というのは難儀なもので、心の奥底に人と関われという命令が埋め込まれているんですな、それで何度失敗していてもまだなにかあるんじゃあないのかしら?と何度言っても行き止まりだった人の道へ迷い込んでは泣きながら帰ってくるということを繰り返してしまうんですね、愚かなことだと思いますが、それをやめたら人じゃなくなるような気もしますね、はい、出た、これぞまさに、あ、人でなし、と言いたいだけの展開、人というのはかようによくある言葉に考えを収束させてしまいたくなるものです、気をつけましょう、それはともかくね、人と関わりたいというのも別に嘘じゃないんですよ本当のことなんです、でも実際自分がやるとなったらうまくいかないのは目に見えてるんでやらないだけでね、はたしてそんな自分を認めると人とうまくやってる人を見るとなんで自分はうまくやれていないのか、自分は人より劣っているのではと、こう思うようになるわけです、そうなったら最後、人との交流という名の、恐ろしい競技の世界に巻き込まれてしまうのです、競技の世界は厳しいですよ、明確に順位が決まりますからね、やめたほうがよいです、いつか負けるのですからね、そんなことよりも独自の流派を切り開いたほうがよいですよ、独力で新しい人との関わり方を見つけるのです、いつまでも金メダルを夢見ていないでオリジナリティで勝負しよう、この私そう思ったこともありましたが、なんとオリジナリティの世界も競技化されるんですね、なぜか、人は順位というものが大好きですから、なんでもかんでも、あるものは全てのきなみ競技化したがる性質なのです、競技にならないものは死んでいるか、生きていても無視されているだけ、なんとも悲しい現実ですね、何の話だっけ、そう、人と関わってうまくいった試しがないという話でした、うまくいかないんですねえこれが、面白いくらいにうまくいかない、うまくいったと思っても、よくよく見るとうまくいっていない、もしかして誰もうまくいってないんじゃないかと思って周りを見てみるとまわりもまあまあ失敗してはいるけども、それでも成功している人だって大勢いる、ああこれは困った、困ったことになったぞと、私は思うわけです、さてどうしようかと、たどり着いた結論は無視ですわ、無いものとして扱う、人との交流なんてものはね無視しておけばよいのです、そうしたらね、無いのと同じですからほらね、つって、最悪ですね、やあなかなかどうしてです、でも、それ以外にどうしたらよいのでしょうね、苦しいものは苦しいんだし、苦しいものに近づく道理ってないですよ、それは倫理を越えてそう思いますよ、超倫理です、自分勝手、自己中心的とも言います、でもね私はそういった物言いもある種競技化された人の関わりのなかで生まれた言葉なんじゃないのと思いますよ、そうじゃない言葉なんて無いのかも知れないですが、恐ろしいことですよ本当に (こんなものを書いちゃって、こいつ何かあったのか?とお思いでしょうな、何もないんです、いつもどおり何も考えずに筆が滑っているだけです、俺が怖いか?)

20240114

はい、今日もね。まだ何かあるんじゃないか?→何もない、というわけで、やっていきますけどもね。

 

yamahaのreface cpというシンセサイザーがまた欲しくなってユーチューブで演奏動画を観ていた。シンプルでつまみが太くて音がいい感じでいいよなーと思います。次欲しくなったら買おうかな。でも近々オムニコードの復刻版が出る雰囲気があるのでそれが出たらそれを買うだろうな。ほしいものがあるというのはよいことです。

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光道の先生がシステマチャンネルに出ていてウキウキで観た。光道、不思議で面白くて福地先生のチャンネルのやつはもう何回も観た。光道は体の骨とか筋肉の構造というよりは反射とか意識のほうを重視しているような印象を受ける。北川先生が教えられてすぐ投げれててさすがだと思った。あとやっぱり阿部先生が大げさに投げられるのを観ると周りが案の定ちょっと本当?ってリアクションになってて笑った。阿部先生は武術的に崩されてはだめで耐えようとするからこそリアクションが大きく見えるだけで、当然忖度はしてないんだろうけど、外から観るとそう見えてしまうんだよな。はたして気を動かすというのはどういう感覚なのか。第2弾が楽しみや。

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今日敬天愛人ライブ配信をつけたらちょうど雨宮先生と西山先生のセミナータイムだった。二人ともいつもの姿勢のレクチャーだったから知ってるなと思って観てたら西山先生の無茶振りで雨宮先生に「遠隔で観客の軸を崩す」というのをやってくださいよってやって、実際雨宮先生がそれをやってみせたら、イス軸で姿勢が強くなった人のほとんどが姿勢が弱くなっていて流石に凄くて笑ってしまった。(具体的に雨宮先生がやったことといえば、すっと雰囲気を出して立って、観客にこちらを見てくださいと言ったくらいのものだったのだが。。)多分丹田を上げて同化現象を引き起こしたんだと思う(自分の丹田を上げるとつられてそれを見ている人の丹田も上がってしまう現象があるという。)けど、動画で見てる分にはまったく何をやったのかわからなかったな。マイクで咳払いをしていたけど音にも意味があったのかなあ。そのあと西山先生が「遠隔で観客に軸を入れる」ということをさらっとやってのけていて能力者バトルかなと思った。

 

夜はアニメを観まくった。

望まぬ不死の冒険者が思ったより面白くてよかった。

20240112

肋骨からの延長として棒読みしつつ落とす末端 ひび割れる

 

家族が汚いものを見るように 僕が知らないだけなのかもしれない

 

発射する 補助輪付き蝦夷の水溜まりを眼球に貼り付けたまま

 

変なまま浮く楽器 白を基調とした緑の川が流れている

 

背骨冷凍の逆汗かきの細長い四つ足のおまえを見た

 

 

 

 

20240111

ぬるぬるの子に揉まされてみなさい海水のように壊れてしまえ

 

もうじきは神話デブの余韻を残し武装した手技が斃す王

 

葬式では未完の大作も読めない無人の星の地下室にて

 

七回遅れたのは犬のフリして近づく虫の死に様が見たいから

 

小さいことの隙間の多さにやさしさを誤読する修行の身ゆえ